1970年(昭和45年)に老朽化の激しい安積疏水の通水能力の安定を図るため、大規模な改修工事として「国営安積疏水灌漑排水事業」が着工されました。
事業費は147億円を要し、頭首工7ヶ所が新設され、45kmに及ぶ素堀り水路の新設改修が行われました。完成の1982年(昭和57年)は安積疏水通水100周年記念の年に当たります。
↑逢瀬公園の下を隧道にて流れてきた安積疏水。
↑逢瀬町多田野(ただの)方面へ流れる安積疏水。貫禄が付いたのか、ゆったりした流れに見える。(勾配の関係ですね)
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↑一面水田が広がる多田野地区。途中用水が合流する。
↑第20号分水工。(ここは前からよく通っていた道。改めて安積疏水と再認識)
↑第20号分水工の表示部分。
↑ここから分水した第4分水路が東へ続いていく。(下流で第4分水路北線と南線に分かれる)
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↑更に下流へ向かうと第22号分水工がある。
↑第22号分水工の表示部分
↑稼働したら、とっても力強そうな分水装置。
↑ここで分水した第5分水路が東へ続いていく。(下流で第5分水路北線と南線に分かれる)
↑真っ直ぐ東に伸びる第5分水路。ずっと先で開成山大神宮近くを通る。
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↑本流の安積疏水に戻って、下流には「南川頭首工」がある。
↑ここは対面で南川と安積疏水が合流する南川合流工である。(汚れた南川の水がキレイな安積疏水に混ざっていく~)
↑「南川頭首工」を南川の下流側から望む。
↑「南川頭首工」から南川下流を望む。この先に郡山市の水道水を担う矢地内取水場がある。(平成25年に廃止予定の豊田浄水場へ導水している)
↑反対に南川上流(猪苗代湖方面)を望む。
↑「南川頭首工」水利使用標識。
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↑安積疏水へ戻り、下流の「くろはし」から南川頭首工を望む。
↑くろはしの表示。西へ行くと三森峠を越えて湖南町の猪苗代湖へ抜けられる。
↑くろはしから安積疏水の下流を望む。
↑下流へ向かうと、狭い「道下橋」を通る。通学路なのか欄干には交通安全の赤い文字がある。
↑「道下橋」の表示。
↑その先で隧道となり丘を越えます。
↑安積疏水の通る隧道の真上に、何か階段状のコンクリート片がある。何だろう?
↑下流側で隧道を抜けて出てくる安積疏水。真上には一般民家が建つ。O.Kなのか?
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↑下流を望み右手には「少年自然の家」の建物が見える。(ここに来る子ども達は、安積疏水が敷地の横に流れていることを知っているのだろうか?自分の時は???)
↑途中、取水工があり、水が水がゴウゴウと流れている。
↑「減速機」との表示があり、製造年月は昭和55年1月となっている。
↑わずかな山裾を通るため隧道となる。
↑すぐに出てきた安積疏水。
↑この辺りは水田が無く、人影のない森へ向かっていく。(かなり寂しい)
↑何と!?ニューカントリークラブ(ゴルフ場)の下へ隧道となり入っていく。
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《参考文献》
◇「安積疏水百年史」 発行:安積疏水土地改良区
◇「郡山市水道史」 発行:郡山市水道局
◇「誰にでもわかる安積開拓の話」 発行:歴史春秋社
◇「みずのみち 安積疏水と郡山の発展」 発行:歴史春秋社
◇「郡山市水道90年のあゆみ」 発行:郡山市水道局
◇「安積開拓120年記念 先人の夢に逢う」 発行:郡山市 ほか
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